COLUMNPosted on 2021/06/10

建築家とまちづくりの専門家が語る日本のクアオルトの未来 「クアパーク構想~健康という視座で公園を拠点にしたまちづくりを~」Part.1

堀越英嗣 氏 【堀越英嗣ARCHITECT5代表 建築家】
上田裕文 氏 【北海道大学准教授】
後藤栄一郎 氏【後藤木材 代表取締役社長】
堀越優希 氏 【YHAD 主宰、堀越英嗣ARCHITECT5建築家】
聞き手 :大城孝幸【日本クアオルト研究所 代表取締役】

 

歩いて楽しいまちづくりクアオルトが描く風景

日常に歩くことを取り入れ、楽しみながら健康増進を目指すクアオルト健康ウオーキングですが、歩くことを習慣にするためには、歩くための環境づくりやまちづくりも大切な要素です。
まち全体が公園のようになっているドイツの療養地「クアオルト」。クアオルトには、治療や保養に訪れた人々はもちろん、そこに居住者する人たちが散策やウオーキングを楽しむ「クアパーク」(kurpark・保養公園)があります。世界を見渡せば、パリのシャンゼリゼ通りなど、ただ歩くだけで楽しくて、歩くために訪れたくなるようなまちや通りが多数、存在します。
では、日本の良さを生かしながら世界に誇れる、まち全体がさながらクアパークのような「歩いて楽しいまち」をつくるとしたら、どんな景色が見えてくるのでしょう? クアオルトの考え方に賛同していただいている建築家やまちづくりの専門家にお集まりいただき、日本のクアオルトが目指すまちづくりに盛り込むべき要素、「クアオルトが描く風景」について話してもらいました。

 

―健康増進の環境整備として、健康をテーマにしたドイツのクアオルトのようなまちが注目されつつあります。本日お集まりいただいた皆さんは建築やまちづくりの専門家です。皆さんのお仕事とクアオルトとの関わりをお聞かせください。

 

堀越英嗣氏(以下、堀越英) 建築家として丹下健三・都市・建築設計研究所などで建築設計や都市計画の仕事に携わってきました。建物の周りにはまちがあり、自然があり、人が自由に歩いています。その全体を考えることが本当の意味の建築であり、クアオルト健康ウオーキングに通じるものがあると考えています。
2002年に新潟駅の設計コンペで選んでいただいたのも、人々が都市や建物を楽しんで動くというコンセプトが評価されたからと自負しています。人々が楽しんで動くことは、クアオルトの考え方そのものです。北海道札幌市のモエレ沼では、米国の彫刻家イサム・ノグチさんの構想を継いで、子どもたちの未来の公園「モエレ沼公園」を完成させました。ノグチさんは、自由になる場所、たたずむだけでなく動き回ることができる公園をつくりたいと語っていたのが忘れられません。

 

上田裕文氏(以下、上田) 私はもともと林学(森林科学)の出身で、学生時代にまちづくりや地域の合意形成に興味を持ち、ドイツに留学しました。博士論文は、森林空間の利用、地域活性化などをドイツと日本で比較研究することがテーマでした。その後、森林文化の実態を調査するなどのフィールドワークを続けています。
ドイツの人たちは、森を生活空間の一部として考え、まちと森を結び付けて魅力を生み出しています。日本に帰って学会で小関信行さん(日本クアオルト研究機構 事務局長)の講演を聞き、ドイツで見たのはクアオルトであることを知って、これだと思いました。その場で小関さんに話し掛け、意気投合して一緒にやりませんかと声を掛けていただいたのが始まりです。

 

後藤栄一郎氏(以下、後藤) 岐阜市で木材製品の製造販売業を営み、安全な木材や腐らない木材など、木材の新たな可能性を追求しています。床の上でつまずいたり、浴槽で亡くなったりするなど、住宅の中で事故が多いことから、いかに住宅の中で安全かつ健康に住むかを考えてきました。木材に圧密処理を施したり、住宅の気密性を高めるなどの研究開発をしてきましたが、それだけではないと思いました。
40歳代半ばになり、健康維持促進をどうすべきかと考えていた時に、クアオルト健康ウオーキングを知り、自分が続けられるものとして受け入れることができました。

 

堀越優希氏(以下、堀越優) 私は建築家として父(堀越英嗣)の仕事を手伝うようになり、岐阜でクアオルト健康ウオーキングに参加したのがクアオルトとの出合いでした。 大学院の学生時代にスイスの隣にあるリヒテンシュタインに留学して、山が好きなので森林地帯を日常的に歩いていました。近隣のスイスやドイツも訪れ、都市と自然との関わりが日本と違うことを実感しました。クアオルトは歩きながら脈を測るなど、普段の意識とは違う目線で風景を見られるのが面白いと思っています。

 

 

まち全体が公園のようであるのが基本

―ドイツのクアオルトには、利用者が心地良く過ごすための「クアパーク」という保養公園があり、滞在者はもちろん地域の居住者が、呼吸をするかのように散策やウオーキングを楽しんでいます。私は、日本でもクアパークを具現化したいと思っています。そう考えているうちに、健康という視座で公園を拠点にしたまちづくりの姿が浮かんできました。皆さんは、日本のクアオルトが目指すまちづくにどのような要素が必要だと考えていますか。

 

上田 ドイツのクアオルトを見ると、温泉のある療養施設、医療施設、滞在する宿泊施設があります。滞在が長期になると飽きてくるので、映画館、劇場、カジノなどの文化・娯楽施設を設けています。さらに、クアハウスと呼ばれるインフォメーションセンターでは温泉地としての情報を発信しています。あとはそれぞれの施設をつなぐ遊歩道が整備されています。

 

―上田さんは遊歩道の重要性を講演などで語っていますね。

 

上田 10年ほど前、環境省の国民保養温泉地に指定された北海道の温泉地を分析して、クアオルトの可能性について考察しました。研究で注目したのが遊歩道です。にぎわいのある温泉地は、宿泊施設と温泉、まちと温泉が遊歩道でつながっていて、宿泊者はまちに歩いて行けるし、住民は温泉に行ける。さらに遊歩道はまちを見下ろせる展望台につながっていて、風景としての温泉地の全体像が目に入ってきます。
確かに、ドイツのクアオルトはまち全体が公園のようになっています。本多静六さんはドイツのクアオルトを視察して、その後、大分県の由布院に温泉地をつくる際、「公園のようなまちをつくれ」と言いました。まち全体が公園のようであるのが基本で、ハンディキャップのある人も高齢者も歩けるようになっています。

 

―歩行者と自動車が別の道を歩く「歩車分離」も提唱しています。

 

上田 歩車分離で人間が安全に歩ける道が巡らされ、自動車を心配しなくていいというのがクアオルトの基本と考えています。ヨーロッパで感心するのは、どこへ行っても歩いていける道があり、自動車を気にせず歩けることです。道を歩いていると知らないうちに森に入る。川や山など自然の要素とうまくつなげられていて、川沿いにも森にも入っていける。それがまさにヒューマンスケールのまちだと思います。

 

 

遊歩道に木材の利用を

―堀越優希さんは、遊歩道について新しい着想があるとお聞きしました。

 

堀越優 長野県小布施町には栗の木の木片を敷き詰めた「栗の小径」があります。このように小さな木片を活用するのは良いアイデアだと考えています。ヨーロッパで見られる石畳は、建築用語でピンコロ石と呼ばれる石材で構成されています。クアオルトの遊歩道で、ピンコロ石のような木片を使えば、新しい道をつくれると思います。

 

―確かに、木片を敷き詰めた道があると、そこを歩けば足の裏に刺激を受けて、
感受性を高める効果が期待できそうです。

 

後藤 弊社では、ピンコロ石のような木片を納めさせていただいた例があります。後藤木材では博物館、図書館などの床や壁に、水に濡れても元に戻りにくい針葉樹の圧密材を納入しています。この板材は表面部分の密度を高める一方、内部は低密度の状態を保つ表層圧密テクノロジーにより、表層部を硬くし、中層部は針葉樹の柔らかい性質を残したもの。スマホを落としても割れにくい衝撃を吸収する低反発材になるので、これで木片を作れば足への負担も軽減されると思います。

 

堀越優 木の道は、石畳の強さと真逆の弱さを持っています。しかし、木片は小
さいのでみんなが手に持って運ぶ人海戦術で手入れができるかもしれません。

 

―後藤さんは街路樹のメンテナンスについてご意見があるとお聞きしました。

 

後藤 落ち葉の清掃などメンテナンスの費用を削減するために、街路樹のトップも切ってしまい、枝も年々短くなる傾向にあります。そうすると、見苦しい木になってしまい、その下を歩いていただいても、魅力が半減します。街路樹にある程度手を掛けないと、いくら仕組みをつくってもまちに魅力は生まれません。

 

堀越英 確かに、都市にとって樹木は重要です。パリの建物は7~8階建てが多いですが、木はその高さまであります。中国の地方都市には巨大な木があり、その下で皆さんが朝ご飯を食べたり、屋台が出て夕ご飯を食べたりしている。コミュニティーはそういうところで生まれているのです。

 

堀越優 ヨーロッパでは「自然は自然」「まちはまち」と境目が比較的はっきりしていますが、日本の都市はそれが曖昧です。街路樹や保存樹は都市の中に埋没していますが、ふとしたときに意外に立派な樹木だと気がつくこともあります。
クアオルト健康ウオーキングで、日常の風景を別の角度から見ることのできる機会が増えれば、目の前にある自然に対し、もっと意識を向けやすくなるかもしれません。

 

to be continued

堀越 英嗣

堀越英嗣ARCHITECT5代表 建築家、芝浦工業大学 教授
1978年東京藝術大学大学院修士課程を修了、丹下健三・都市・建築設計研究所に勤務。主任建築家として、赤坂プリンスホテル、兵庫県立歴史博物館、愛媛県民文化会館、横浜美術館、パリ・イタリー広場基本計画、シンガポール・マリーナサウス再開発計画、ナポリ新都心計画等 国内外の多くのプロジェクトに参画。東京都新都庁舎競技設計一等当選案を担当後、同研究所退社。86年アーキテクトファイブを設立、共同主宰・代表建築家に。2001年鳥取環境大学教授、2004年芝浦工業大学教授、2005年株式会社堀越英嗣 ARCHITECT 5を設立。
【主な作品】モエレ沼公園 ガラスのピラミッド他(イサム・ノグチと共同) 、鳥取フラワーパーク とっとり花回廊、新潟駅南口駅舎接続施設および駅前広場、旧SMEソニー・ミュージックエンタテインメント白金台オフィス、セルリアンタワー金田中、IRONY SPACE等
【主な著書・論文】くうねるところにすむところ 子どもたちに伝えたい家の本 家のいごこち、断面パースで読む 住居の居心地(編著)、ARCHITECT 5(共著)、アーキテクトファイブ 建築ジャーナル別冊(共著)、藤井厚二の体感温度を考慮した建築気候設計の理論と住宅デザイン(共著)、戦前の日本における先端設備としての床暖房・パネルヒーティングの住宅への導入(共著)

上田裕文

北海道大学准教授
東京⼤学⼤学院農学生命科学研究科森林科学専攻修了。ドイツ学術交流会(DAAD)奨学⽣としてカッセル⼤学建築・都市計画・景観計画学部、都市・地域社会学科で経済社会科学博⼠(Dr.rer.pol.)を取得。札幌市⽴⼤学講師を経て北海道大学准教授。専⾨は風景計画。先進地ドイツで学んだ樹木層の日本らしい在り方を提言している。近年は、日本造園学会の有志等で構成される「明治神宮とランドスケープ研究会」のメンバーとしても活躍。2021年7月11日に開催予定の、明治神宮国際神道文化研究所主催のシンポジウム「第二章MORI×MAGOKORO」において、『林苑計画書』から読み解く森の未来~「明治神宮とランドスケープ研究会とともに」~に登壇。
【主な著書】『「林苑計画書」から読み解く明治神宮一〇〇年の森』(共編著、東京都公園協会、2020年)、『地域創生デザイン論:今日“まち育て”に大学力をどう活かすか(共著、分眞堂、2020年)
『実践 風景計画学―読み取り・目標像・実施管理―』(共著、朝倉書店、2019年)、『こんな樹木葬で眠りたい』(単著、旬報社、2018年)、『明治神宮以前・以後: 近代神社をめぐる環境形成の構造転換』(共著、鹿島出版会、2015年)
『Basic and Clinical Environmental Approaches in Landscape Planning』(Co-author, Springer, 2014)
『Landschaften: Theorie, Praxis und Internationale Bezüge』(Co-author, Oceano Verlag Schwerin e.K., 2013)
『The Image of the Forest: Four Case Studies in German and Japanese Rural Communities』(Single Author, Südwestdeutsche Verlag für Hochschulschriften, 2009)

後藤栄一郎

1998 年一橋大学商学部卒業、米国クレアモント経営大学院ドラッカースクールに入学、P.F.ドラッカー氏に直接師事してMBA 取得。2004年後藤木材入社、2014 年社長に就任。物件の木質化、木材圧密大型製品の製造、岐阜県産材の海外輸出など、新しい切り口で木材流通加工業の業界改革を狙う。

堀越優希

建築家、2009年東京藝術⼤学美術学部建築科卒業。2010年リヒテンシュタイン国⽴⼤学留学。2012年東京藝術⼤学⼤学院修了。⽯上純也建築設計事務所、⼭本堀アーキテクツを経て、現在は堀越英嗣ARCHITECT5一級建築士。