COLUMNPosted on 2021/09/27

地域と自然との共生を目指して 森林の可能性を引き出す PartⅠ

山田俊行 氏 【トヨタ白川郷自然學校 學校長】
聞き手 :大城孝幸 【日本クアオルト研究所 代表取締役】

 

「トヨタ白川郷自然學校」は、自然環境に対する思いを深めるきっかけづくりの場として、世界遺産の白川郷を眼下に望む岐阜県大野郡白川村に開校。恵まれた自然の中、大人から子どもまで自然体験が楽しめる、ホテルを併設した自然學校です。類いまれな環境教育プログラムや環境保全のためのプログラムを体験できる施設の敷地内に、3つのクアオルト健康ウオーキングの専門コースを整備しています。

 

2020年7月、白川村では林野庁の推進する「森林サービス産業」モデル地域に選出されたことに伴い、森林資源を生かした企業のメンタルヘルス対策をサポートするツアーや滞在プログラムの商品化を目指すプロジェクトが始動。その中心を担ったのが、トヨタ白川郷自然學校學校長の山田俊行氏です。同學校を牽引し、環境保全を広く啓発する環境保全活動の草分け的存在でもある山田氏が、森を観光や健康という視点で読み解いたとき、どんなビジョンを描くのか─。話を聞いてみました。

 

 

子どもも大人も、天気のいい日は外へ出よう

大城 最初にトヨタ白川郷自然學校についてお聞かせください。雄大な自然を活用し、環境保全や環境教育を提供している同校は「共生」をテーマに、「Wild and Smile 〜天気がいい日は外へ出よう〜」というキャッチフレーズを掲げていらっしゃいます。自然と共生する社会づくりへの貢献を目指す御校を象徴する言葉ですね。

 

山田俊行氏(以下、敬称略) 「共生」はトヨタ自動車の名誉会長である豊田章一郎さんにいただいた言葉で、「自然との共生」と「地域との共生」という2つの意味が込められています。白川村で自然學校をやっていくときに、どういう共生ができるのかという意味だと解釈しています。

「Wild and Smile 〜天気がいい日は外へ出よう〜」という言葉の下半分のフレーズは、東大名誉教授で解剖学者の養老孟司さんからいただきました。以前、インタビューしたとき、子どもに外で遊んでもらうには何をしたらいいですかという問いに、「国が一言、天気のいい日は外へ出よう、と言えば変わる」とおっしゃいました。上半分は私たちのオリジナルです。ワイルドは、自然に出ることを少し大げさに言い換えた言葉で「元気に楽しもう」。スマイルは、自然に出た結果、「にこやかになる」というニュアンス。その二つが両立した空間という意味で、大人もこれに収まると思います。

 

大城 いい言葉ですね。

 

山田 トヨタ白川郷自然學校が、力を注いでるプログラムのひとつが「こどもキャンプ」です。大自然の中に入り、異年齢かつ多様な出身や背景を持った子どもたちと一緒に過ごすことで、変化と多様性を尊重することの良さを実感していただき、さらに、自分で決めるということの楽しさや充実感が味わえるプログラムになっています。

 

ある視点から見ると、こどもキャンプは自然の大切さを教える場所だと認識されることがありますが、私は人間教育の場と考えます。その手段として森や自然を活用するのです。森の持つポテンシャルに加えて、森でやるからこそ育つという付加価値。そこに、たくましい子どもに育てようという目標があったとき、教室より森のほうがいいじゃないか。外でやるほうが良いことは、外でやろうじゃないかと私は常々思っています。

 

大城 私はクアオルト健康ウオーキングを通じて参加者や専門ガイドの皆さんに、健康には「運動」「栄養」「休養」の3つの視点が重要だとお伝えしています。最近、4番目の視点候補に「コミュニティーと社会体験」を考えています。「Wild and Smile ~天気がいい日は外に出よう~」や農泊(農山漁村滞在型旅行)などに通じるプログラムには、かけがえのない体験や楽しみが用意されています。人との関わりは、心の健康に欠かせない尊いファクター。認知症予防や生きる活力になります。トヨタ白川郷自然學校のような環境の良い所を歩けば、良い発想も生まれると思います。

 

山田 教育や健康というのは、なかなか効果が見えにくいもの。でも、放置すると悪くなるのは明らかです。これが一番だという方法はなかなかない。時間軸が長い取り組みです。新型コロナウイルス感染症が世の中を騒がせていますが、今一番安全なのは森の中だと思います。「今こそ外へ出よう!」です。

 

 

ドイツは健康をテーマにまちがつくられている

大城 次にドイツのクアオルトについてです。トヨタ白川郷自然學校にクアオルト健康ウオーキングを導入されるとき、その基本となる気候性地形療法を開発された、アンゲラ・シュー教授の講義を受講するため、山田さんにドイツにご同行いただきました。環境保全活動に尽力されている山田さんが、一番印象に残ったクアオルトはどこですか。

 

山田 気候性地形療法発祥地であるガーミッシュ・パーテンキルヒェンです。自然を楽しむということにおいて長い歴史があり、まちづくりそのものに歩くことを必ず取り入れようという強い姿勢を感じました。それとクナイプ療法のところでしょうか。

 

大城 バート・ヴェーリスホーフェンですね。

 

山田 クナイプ療法は学生時代に本で読み、興味がありました。水療法も知ってはいましたが、実際に水で顔を洗った時の衝撃が、鮮明に脳裏に焼きついています。ただの水なのにこんなにも違うのかと。

 

大城 マイスターがいて、ホースで水をかけてくれる。確かに顔の血流が良くなりました。

 

山田 かけかたが絶妙! 程よい水圧でホースを回しながらかけるんです。その後、明らかにリラックスできました。不思議な経験でした(笑)。クナイプ神父の考え方、それがまちになっていました。体や健康にいいものはやっていこうという土壌がドイツはあるのですね。

 

大城 素足になって、泥の上を歩けるクアパークがあり、歩き終わると泥が落とせるような施設が用意されている。社会環境の質の高さが印象的でした。

 

山田 健康をテーマにまちがつくられていて、こんなまちづくりが理想だと思いました。

 

大城 渡独中、「良い環境に健やかな健康が育まれる」とおっしゃっていましたね。山田さんの考え方に同感です。

 

山田 明治神宮の設計に関わられた本多静六先生が残した「由布院温泉発展策」も、同じ発想で書かれていました。「健康のためには、空気が汚い都市部ではなく空気のきれいな場所へ行って生活しなければだめだ。リフレッシュしなさい」と記されていました。「きれいな空気を育むのは森。気持ちのいい空気をつくり出すのは景観。その要素を少しずつ変えて維持していくことが大事だ」と。

 

大城 健康づくりに自然を活用する日本型クアオルトに通じるものがありますね。

 

to be continued

山田俊行(やまだ としゆき)

トヨタ白川郷自然學校 學校長、NPO法人白川郷共生フォーラム常務理事。NPO法人日本ロングトレイル協会理事。JAPAN OUTDOOR LEADERS AWARD運営委員長。安藤百福記念 自然体験活動指導者養成センター事務局長(2011~13年)。15年4月より現職。ドイツ気候療法士の資格を有し、自らトヨタ白川郷自然學校コースを案内している。